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秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ
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解説
第三十八代の天皇、天智天皇(てんちてんのう・626〜671年)は舒明天皇の皇子で、中大兄皇子と呼ばれた皇太子時代、中臣鎌足とともに蘇我氏を減し、大化の新政を行われたことはよく知られています。
その後、都を近江(今の滋賀県)の大津に移し天智天皇として即位されましたが、日本ではじめて水時計を作らせたことでも有名です。
ある秋の日、天智天皇は草花が咲く御所の庭を歩かれていましたが、そこの草花にかかった夜露を見られて、「この夜露は農民たちも冷たく濡らしていることだろう…」とお思いになられ、この和歌を作られたと伝えられています。
人々を思う優しい心が表れていて、百人一首の最初の和歌でもあり、よく知られている和歌のひとつです。
読み
あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ
季節
秋
現代意訳
秋の田の側につくった仮小屋に泊まってみると、屋根をふいた苫の目があらいので、その隙間から忍びこむ冷たい夜露が、私の着物の袖をすっかりと濡らしてしまっているなぁ。
※苫 / スゲやアシなどで編んだむしろ
出典
「後撰集」
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