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陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに
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解説
河原左大臣(かわらのさだいじん・822〜895)は源 融(みなもとのとおる)のことで、元は嵯峨天皇の皇子でしたが、皇族をはなれて源の姓を名乗りました。
貞観十四年に左大臣となり、京都六条の河原院に住んだことから、河原左大臣と呼ばれるようになりました。
融は宇治と嵯峨に別荘を持っていましたが、宇治の邸をのちに寺としたのが平等院です。
河原左大臣はある日恋人から届いた手紙の返事として、この和歌をつくったと言われていますが、恋に悩む心のうちが目に見えるようです。
読み
みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに
季節
-
現代意訳
奥州のしのぶもじずりの乱れ模様のように、私の心も(恋のために)乱れていますが、いったい誰のためにこのように思い乱れているのでしょう。 (きっとあなたの所為に違いありません)
※しのぶもぢずり / 福島県の旧信夫郡あたりで使われていた、乱れ模様に染められた布のこと。
出典
「古今集」 |
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