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高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ
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解説
前中納言匡房(さきのちゅうなごんまさふさ/1041~1111)は大江匡房のことで、赤染衛門の曾孫にあたります。
八才で史記、漢書を読み、詩をつくったと言われ、源義家の兵法の師であったとも伝えられています。
この和歌は、内大臣 藤原師通(ふじわらのもろのぶ)の屋敷で花見の宴が開かれた時に詠まれたと言われています。
読み
たかさごの をのへのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ
季節
春
現代意訳
高砂の峰にも桜の花が咲いたようだから、(その桜を見たいので) 手前の山の霞よ、どうか立たないようにしてくれないか。
出典
「後拾遺集」
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