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ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる
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解説
後徳大寺左大臣(1139~1191)とは、藤原実定のことで、右大臣 藤原公能の長男です。
文治五年(1189年)に左大臣となりましたが、祖父も徳大寺左大臣だったので後徳大寺左大臣と呼ばれました。
この頃の歌人は、ほととぎすの和歌を詠むために、明け方までずっ と待っていたと言われていますが、この和歌もそのようにして詠まれたものかもしれません。
読み
ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる
季節
夏
現代意訳
ほととぎすの鳴き声が聞こえたので、その方に目をやってみたが、(その姿はもう見えず) 空には有明の月が残っているばかりであった。
出典
「千載集」
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