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世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
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解説
皇太后宮大夫俊成(1114~1204)とは、藤原俊成(しゅんぜい/としなり)のことで、藤原定家の父です。
後白河院の后で、皇太后と呼ばれた人につかえ、後に正三位に任ぜられています。また、文治三年(1187年)には、後白河上皇の命により「千載集」を撰集ました。
この和歌は、弟のように思っていた佐藤義清(さとうのりきよ)が出家したと聞いたときにつくったものだと伝えられています。
読み
よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
季節
-
現代意訳
世の中というものは逃れる道がないものだ。(この山奥に逃れてきたものの) この山奥でも、(辛いことがあったのか) 鹿が鳴いているではないか。
出典
「千載集」
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