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おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖
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解説
前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん / 1155~1225)は関白 藤原忠通の六男で、九条基房、兼実の弟になります。
十一才で延暦寺座主 覚快法親王の弟子となり、建久三年(1192年)、三十八才で天台宗座主になっています。
この和歌は、慈円が若いころ木曽の義仲が都に攻め入ってきましたが、このとき疫病などで苦しむ民を見て、仏の力でこれを救おうと思って詠まれた和歌だと伝えられています。
慈円の優しさと共に、その強い決意が表れている見事な和歌です。
読み
おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで
季節
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現代意訳
身のほど知らずと言われるかもしれないが、(この悲しみに満ちた) 世の中の人々の上に、墨染の袖を被いかけよう。 (比叡山に出家したわたしが平和を願って)
出典
「千載集」
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