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哀れとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
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解説
謙徳公(924〜972)は藤原伊尹の送名で、九条右大臣師輔の長男で、関白兼家の兄にあたります。
娘 懐子の生んだ皇子が天皇になられたこともあり、天禄元年に右大臣、同二年に摂政太政大臣になり、一条摂政と呼ばれました
恋しい女性に届けられたこの和歌は、悩み苦しむ心のうちが表れています。
読み
あはれとも いふべきひとは おもほえで みのいたづらに なりぬべきかな
季節
-
現代意訳
(あなたに見捨てられた) わたしを哀れだと同情を向けてくれそうな人も、今はいように思えません。(このままあなたを恋しながら) 自分の身がむなしく消えていく日を、どうすることもできず、ただ待っているわたしなのです。
出典
「拾遺集」
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